『定年後、終の棲家への改修中に発症したFさん』 「いきいき住宅リフォーム事例集」より
この記事は「いきいき住宅リフォーム事例集」(著者 NPO 法人いきいき住宅リフォーム支援機構・愛知)の中の才本が執筆した部分の抜き刷りです。建築をはじめ医療、福祉・介護が連携してリフォームに取り組み成功した事例の一つです。
63歳のFさんは、10年前に奥さまを亡くしました。住まいが建築後30年ほど経過し、その間二人の子どもさんが巣立ち、自身も還暦を過ぎて高校教師の継続雇用に入ったのを契機に、現在の住まいを、今後ずっと暮らせる終の棲家にするように増改築を思い立ちました。平成23年4月に役所に無料の耐震診断を依頼して調査した結果、耐震性能が少々不足していることがわかり、耐震改修を兼ね、今後身体が衰えたときにもバリアなく楽々と使用できるような住まいを目指して計画しました。
そして同年10月に着工しました。
計画の概要
改修以前の住まいは、ダイニング・リビングとキッチンと寝室はそれぞれドアに隔てられ、それぞれ独立した空間になっていました。またそれらの部屋から便所、洗面、浴室へは一度廊下に出てアクセスするようになっていました。これらの点を改善し、まず、ダイニング・キッチンを中心としてリビングと寝室は、引き込み戸の開け閉めで、開ければ全体がーつの部屋になり、閉じればそれぞれ別の部屋になるという工夫がされています。特に寝室は時には個室になり、時にはダイニングなどと一体にできることで多様な生活スタイルが可能となります。またダイニング・キッチンから便所や浴室へのアクセスは前室を介してすぐに入ることができます。そして、水回り周辺の扉はすべて引き込み戸(または2枚引き込み戸)として広く開き、ゆったりと出入りすることができます。特に便所へはより近く、より広く、しかも大きなヒートショックなく到達することができます。
工事が進むなかFさんは入院、そして工事は完成する
工事が進むなか、Fさんは同年12月21日突然体調を崩し、K市民病院に入院しました。様々な検査を経て7〜8胸椎項部脊髄梗塞と判明し、その結果下半身の自由が奪われることになりました。その直後、工事中の建設現場で、特に水廻り周辺を再点検して今後のFさんにとって不都合な個所がないかをチェック、前室から脱衣所への出入口幅を、現場でできる範囲内で広くしました。しかし、もともとこのような事態にも対応できる設計をしていたため、設計図通りで進めても支障なく、翌年の平成24年3月10日工事は完成しました。
リハビリテーション病院への転院、そして退院の準備
FさんはK市民病院での3か月の入院の後、Sリハビリテーション病院に転院し、さらに3か月後の6月の退院に備えてリハビリに励みました。その間、5月には、改修後の住まいでのFさんの退院後の生活を検討するため、現地に、Sリハビリテーション病院の医療ソーシャルワーカー(以下MSW)、PT、OTなど医療専門チームとFさんとその家族、K市社会福祉協議会の相談支援専門員、設計士が集まりました。そして、完成後の住まいでFさんが生活するための方策を検討し、さらに外構計画の打ち合わせを行いました。
即日、医療MSWから3点について報告がありました。
第一は「玄関の段差の解決」で「上がり框の高さが30cmであります。そこで、15cmの踏み台を設置し、歩行にて昇降ができればと考えております。手すり付の踏み台がありますので、こちらの商品もしくは同等のものを設置できればよいかとも考えております。手すり付きであれば昇降も見守り一軽介助にて可能です。」第二は「玄関の上がり降りのための昇降機の設置に関して」。つけるかどうか本人が迷っている旨の話。第三は「門から玄関の移動」についてコンクリート舗装が必要になる旨の話。以上が報告されました。
その後5月10日には詳細な「報告書」が送られてきました。以下は報告書のまとめです。
報告書
門~玄関
[提案①:歩行器を使用して歩く場合]
- 玄関ポーチは現状のままで可能
- 門から玄関ポーチまでの通路をフラットもしくは段差の低い階段状にする
※スロープにすると、特に昇る際に右足を前に出す介助が必要
※段差の奥行が100cmあると歩行器での方向転換ができるため、奥行は広めがよい - 玄関内に高さ15cm、奥行き約70cmの台を設置し、歩行器で昇降する
- もしくは、手すり付きステップ台を設置する(既製品)
[提案②:車いすを使用する場合]
- 玄関を出入り口とする場合、上がり権の段差は簡易スロープを使用する
- リビングを出入り口とする場合、門から玄関ポーチ、ポーチからリビング出入口までスロープに改修する
- または、居間出入り口に段差解消機を設置する
トイレ
- 車いすもしくは歩行器を使用し、現状の環境で可能
- 現在ベッド上で導尿のため、尿器内の尿を捨てたり洗浄したりする必要がある。
- 自分で行うためには車いすで運搬、洗浄することになる。
- 尿器を洗浄する専用の流しがあると便利
入浴/シャワー浴のみ(介助必要)
[提案①:シャワーチェア]
- 値段がシャワーキャリーに比べ安価
- コンパクトに片づけられ、衛生管理が容易
[提案①:シャワーキャリー]
- 値段が高価
- 場所をとる
- 濡れたまま脱衣所へ移動するため、その後の清掃が大変
- 出入り口に段差あり、シャワーキャリーでの移動にも介助が必要
必要な福祉用具
ベッド、車いす、シャワーチェアもしくはシャワーキャリー、尿器、手すり付きステップ台もしくは15cm台(玄関)、段差解消機(必要であれば)、簡易スロープ(車いすで玄関の段差を昇段する場合、スロープの長さ:最低130cm必要/200cmあると介助は楽になる)
歩行に必要な用具
歩行器、室内用の靴(左足補高必要のため)
以上
その後のFさんを経過観察したうえで、医療側からアドバイスがあり、妥協せず(車いすではなく)歩行器使用を中心に考えることにした。
外構工事の検討
さらにその後、門から玄関までの高低差80cmをどのように移動するかを病院側と設計者側で検討を 重ねた結果、「歩行器での移動がメインになることから、階段を中心に考える。そのため門から玄関までを 直線移動ができる階段とする。その階段は1段の高さは10cm、踏み幅は100cm程度とする。踏み幅が広 い数値ですが、歩行器が使用しやすい数値です。そしてスロープは補助的に考える」ことで最終決定がされました。また門は2枚の内開き扉であったがこれを片引き込み戸に改修し、有効開口幅を110cm確保しました。
その後のいきさつ
今回の屋内の改造では車いす生活や歩行器歩行で移動するための充分な改造がなされており、その 結果、円滑な在宅生活を営むことが可能となり、退院後も移動レベルが改善し歩行器歩行による屋内移 動が自立しました。また、娘家族が当家近くのマンションに移り住み、娘さんがFさんの生活の一部を支援しています。
また、外構工事でも医療関係者からのアドバイスを受けることで適切な工事がなされました。これからは歩行器を使ってこの外部階段の上下も可能になるとのことでした。Fさんは今後スロープでの歩行器歩 行に挑戦して、さらに自動車を運転したい、という希望を語っていました。
建築の立場から
老後の住まいは、ゆったりとした大きな単一空間にすべての日常生活を取り込むフレキシブルな空間がよいと思っています。水回りにはその空間から直接アクセスできれば狭い廊下もなくバリアフリーな住まいとなります。
既存のF邸は日常の居室を廊下でつなぐプランでしたが、今回のリフォームで、リビング、ダイニング、キッチン、寝室をーつの大きな空間に取り込むようなプランに変えました。その大きな空間の中で、引き込み扉で閉鎖すれば寝室などが別空間にできるようにしました。引き込み扉は冬季に寒さ対策のために、小間に仕切るのにも役立ちます。また、水回りへは引き込み扉の向こうにある前室を経て間近にアクセスできます。
このように、プランの段階でバリアができにくくすることが大切と考えています。今回は平屋のため、柱を抜く自由度が高かったために可能となったプランでもあります。
外構工事に関しては、Fさんが発症してからの工事であり、当初からリハビリ病院側の医療関係者と設計者側との綿密な打ち合わせができたため患者に対して非常に満足なものができたと考えています。病院側から投げかけられた「車いすを使用するか歩行器を使用するか」という設間に、病院側自らのアドバイスもあり、本人や家族が「歩行器」中心で考えると決心され、それをもとに設計者が計画をまとめるというという経過がありました。この際医療側の判断なしでは決して我々は設計できません。必要な多職種がかかわって計画することの重要性を思い知る一幕でした。
医療の立場から
ADL
現在、屋内におけるADLは自立している。娘さんが、炊事や洗濯および買物を毎日手伝ってくれている。
しかし、本人の身体及び精神機能から勘案すると、炊事や洗濯などの屋内APDLも可能であるものと考える。買物は、一人では不可である。
コメント
元教師で、自分の病気および障害に関する受容(理解)がなされている。しかし、自己中心的な性格もあり、自分のやりたいことしかしないような状況も推測できる。現在の身体機能レベルであれば、炊事や洗濯も可能であるものと考える。胸椎レベルの脊髄損傷であることから、両上肢の機能に問題はなく、屋内平地歩行が獲得されている。
本人は、自動車が運転できるようになりたい、という要望をもっている。すなわち、屋外における移動が獲得されることが必要である。そのためには2つの選択肢がある。一つは、車いすでの屋外移動、もうーつは杖または歩行器による移動である。車いすでの屋外移動については、車いすから車への移乗が自立すること、アプローチのスロープが移動できること、が必要であるものと考える。屋外歩行を獲得するためには、平地以外の段差及び階段が可能になることであると考える。いずれにしても、今後在宅での訪問リハビリを継続することが必要である。
住宅については、屋内車いす生活または歩行器歩行で移動するための充分な廊下幅や間口が確保されている。回復期リハビリテーション病院を退院し自宅に帰ってくる際に、PTOTMSW、在宅復帰後担当となる介護支援専門員からの生活指導、住宅環境に関するアドバイス(特に外構)を受けることができたことにより、在宅生活が円滑に行え、訪間リハビリも継続して行えたものと考える。それにより、退院後も移動レベルが改善し、歩行器歩行による屋内移動が自立したものと考える。
今後獲得するADLとしての本人の目標は、車が自分で運転できるようになり一人で買物に行くことである。そのためには、階段や段差昇降、スロープの移動や四点杖による歩行ができるようになることが必要である。